Stage&Cinemaコーナー

劇団あしたの会の劇団員が、最近見た舞台や映画の感想、おすすめの書籍などをアップしていきます!!

暦~こよみ~

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紙屋悦子の青春
本年四月に急逝した黒木和雄監督の遺作。本人も参加した試写のわずか一週間後に亡くなられたといいますから、多くの関係者、とりわけ原作の松田正隆氏にとっても衝撃的な訃報であったのではないかと推察されます。この原作は、元々は松田氏の所属していた京都の劇団「時空劇場」で、かつて上演された同名戯曲です。その舞台を昔、私は観たことがあります。戦争の非情を描いた作品なのですが、ありがちな戦闘シーンや空爆シーンは一切出てきません。当時の田舎の一軒家、その居間のちゃぶ台を挟んでの人々の、戦時下の日常的な会話が淡々と進むのです。物語の大筋はこうです。戦争末期、この一軒家に住む娘さんを密かに愛した若き航空兵士。けれど彼は、お国のため間もなく特攻兵として出撃する覚悟をしている。未来のない彼は、彼女の幸せを望むがゆえ、自分の無二の親友(航空整備士)とその彼女と見合いさせる。そんなお話しです。この殆ど全編ダイアローグ(会話)芝居を、黒木監督は、見事そのまま映画化しました。映画館から出た私は、一本の芝居を観終えたような感覚に陥りました。例えば冒頭の病院の屋上シーン。平成の世まで生きながらえた主役夫婦の長い会話が、カットなしの長まわしで映され続ける。その後シーンは戦中に遡るのですが、又も、娘の兄夫婦のちゃぶ台を挟んだ会話が延々と続く。会話と会話のあいだの不必要に思える「間」も、そのまま。実生活であれば、静寂の中で聞こえてくるであろう時計の進む音。おはぎを食べるときの「クチャクチャ」した生理音。生きているという日常生活の末節をあぶり出されることで、観客はそこに生身の空間と人間がいると錯覚してしまうような、ちょっと気恥ずかしい皮膚感覚。人の心の揺れの中にある様々な「間」を台詞以上に大切にし、一番身近な日々の営みから、逆説的に死や戦場を照射させる松田氏の「テク」を、黒木監督は(くどいようですが)本当にもう、そのまま映画化したのです。だと私は思います。映像作家であれば、舞台用戯曲を何とか視覚的に見せようとするのがサガではないかと思われるのですが、この作品では人の立ち位置、座る角度という演出でさえ、演劇的でした。象徴的に映し出される桜の木や、娘が暮らす一軒家にしても、どこか舞台装置を連想させる造りであったように思います。これは私の勝手な推測なんですが、黒木監督はかつての時空劇場の「紙屋悦子の青春」を観劇し、ひどく感動し、それを記録として残る映像にそのまま焼付けたかったのではないか。そんな気がするのです。であれば(と勝手な前提の上で)ただ一つ残念だったことがあります。映画では特攻兵の死を知り、娘が泣き崩れるシーンがあるのですが、時空劇場の芝居では描写がかなり違いました。かつて私が観た芝居では、男の死を知った娘が上手に「退場」し、そして退場した後すぐに上手舞台そでから娘の泣き声だけが聞こえるのです。泣いている主人公の顔を観客に見せない。一番美味しいところを見せない。観客はただ舞台を眺めながら、そこにいない娘の泣き顔を想像するしかない。この演出に、当時の私はふるえました。「見せない」という見せ方にショックを受けました。映画版では、娘の姿がありのまま映像化されていたので、そこがちょっと残念でした。それにしても、戦争を知らない松田さんの戯曲にほれ込み映画化した、戦中を生きた黒木監督。親子ほどの年の差を越え、同じ世界を描こうとした二人。その黒木監督の突然の死を、松田さんはどのように受け止めているのでしょうか。 


以上、初書き込みの【わっきー】でした……そう言えば、私のことをわっきーと命名したのは他でもない、その劇団時空劇場の怪優ブルース近藤君でありました。その時、松田氏は「失礼なことを言うもんじゃない」と近藤君を諌めましたが、しかし、その日のうちに彼も又、私のことをわっきーと呼んでおりました。これは十年以上も前の話。勿論、ペナルティのワッキーが世に出る遥か昔の出来事でありました。
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コメント

全編九州弁の映画でした。
役者さんもたいへんやね、わっきーさん。
「ふとか~」というのは九州では「大きい~」という意味になるんですね。
昔長崎大行った友人が先輩から「腹減ったでふとかパン買って来い」
言われて食パンを買っていきました。

今日、実家の押入れを整理してたら、「奇跡の人」のパンフが出てきて、なんとその間に「紙屋悦子の青春」の公演チラシが入っていました。黒木和雄さんが亡くなられたのは父と同じ4月12日でした。おとうちゃんが見つけてくれたんかな~。

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