Stage&Cinemaコーナー

劇団あしたの会の劇団員が、最近見た舞台や映画の感想、おすすめの書籍などをアップしていきます!!

暦~こよみ~

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「タンゴ・冬の終わりに」
2006年11月4日(土)~29日(水)
場所:Bunnkamuraシアターコクーン(東京)
脚本:清水邦明
演出:蜷川幸雄
出演:堤真一・秋山菜津子・高橋洋・常盤貴子・段田安則・新橋耐子・毬谷友子・沢竜二・塚本幸男・岡田正・藤井聖子・月川悠貴・品川徹 他
 
<ストーリー>
 
 日本海の面した町の古びた映画館、北国(ほっこく)シネマ。
清村盛(堤真一)は有名な俳優だったが、3年前「オセロー」の舞台を最後に突然引退して、今は妻ぎん(秋山菜津子)とともに、弟・重夫(高橋洋)が経営する生まれ故郷の映画館でひっそりと暮らしている。
 ある日、北国シネマにかつての俳優仲間であった名和水尾(常盤貴子)と、彼女を追ってきた夫・連(段田安則)がやってくる。今や演劇界のホープとして活躍している水尾は、かつての盛と激しい恋に燃えていた。彼女は突然姿を消した盛に想いを残したまま女優として歩み始め、加古を棄てるため連と結婚したのだった。
 そんな水尾をもとに、盛から「ぜひ会いたい」という手紙が届き、こうしてやって来たのだった。しかし彼女の目の前に現れたのは、すっかり狂気にとりつかれてしまった男の姿だった・・・。
 
<5つのキーワード>

 ①タンゴ=19世紀半ばにアルゼンチンで生まれたダンス音楽。劇中では「ラ・クンパルシータ」を引用。

 ②イージーライダー=物語の冒頭、映画館を埋め尽くす「幻の観客」が夢中で見入っているのがこの作品。

 ③孔雀=キジ目キジ科。雄は独特の色彩と模様の羽を広げて求愛する。ちなみに沢竜二演じる「上斐太」登場のシーンで、彼が朗々とうたいあげるのは三島由紀夫の短編小説「孔雀」「殉教」の一説。

 ④パッヘルベル「カノン」=17世紀のバロック時代、ヨハン・パッヘルベルにより作曲。

 ⑤角巻=盛の追想シーン、そろぞろと現れる男たちのこの扮装は「角巻」と呼ばれるもの。最近ではあまり見られなくなった、北国の冬の風物詩。大きな四角い毛織り布を、頭からすっぽりと覆うようにして巻き込む。その始まりは明治時代からとされ、この物語の舞台となる上越痴地方をはじめ、東北や北海道の人びとはこうして厳しい冬から身を守った。

<感想> 
 すっごい良かったです。段田さんにチケットを取っていただいたので、席もバッチシいい所だったのもありますが、脚本・装置・音響・照明・衣装・小道具等々、全て言うことなしです。
 まず冒頭の90名近い出演者による映画鑑賞、圧巻でした。一人一人がちゃんと生きていて、誰一人として足を引っ張ることなく、全ての役者が耀いていました。
 蜷川演出には珍しく(?)笑いのある芝居で、もちろん脚本がそうさせているのですが、役者の力量もあり、2時間半があっという間でした。蜷川さんの新境地を見た感じです。
 段田さんは、今まで観た芝居の中では一番良かったです。さすが劇団出身者だけあって、魅力満載、身軽な身のこなしは、夢の遊民社の頃を思わせる感じで、消えもの(食べ物)を食べながらも、結構バクバクと食べながらだったのですが、しっかりと台詞をしゃべられていましたし「流石だな~」と思いながら安心して観ていられました。
 孔雀が舞う効果もバッチシ!装置崩しがあったのですが「どうしてるんやろう」と思う程見事でした。
 妻役の秋山さんがすごく良かったです。そして何より主演の堤真一さん、最高に素敵でした。彼だからこそ、このロングラン公演をこなせるんでしょうね・・・。超ハードな芝居でしたが、疲れを感じさせない(楽日も近い25日に観にいったのですが)集中力と演技力で、いや~ほんとに良かったです。東京まで観にいった甲斐がありました。
 関西にも、こんな良い作品が来てくれるといいのですが・・・。

 てなわけで、年明けにもまた東京に芝居を観に行って来ます。書き込みをお楽しみに!
 *本番があったため、書き込みが遅くなりました。が、今でも興奮が残っているくらいいい芝居でした。
 
以上、ろみひーでした。
 
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物乞う仏陀
さっきのニュースで、ベトナムのドク君が昨日結婚式を挙げたことを告げていた。
キレイな花嫁さんだった。

石井光太著「物乞う仏陀」 文藝春秋刊
アジアの最貧困層や障害者層を取材し、国別にまとめたノンフィクションである。

各国を歩いていると、必ずどこかで物乞いに出くわす。
もうすぐ東南アジア放浪に出国する私にとって
それは読むべき書物ではなかったかもしれない。
カンボジアのプノンペンでは、
盲目の父親が幼い子供を従えて、喜捨を施すまで我々の前で延々と下手な笛を吹いていた。
中国の昆明ではまだ20代の若い男が、炎天下の大通りの歩道の上を
ずるずると四肢を這い蹲らせながら、通行人を見上げては僅かの金を乞うていた。
そしてどの町でも、陽を遮るものもない歩道橋や道の上で、
老婆が微動だにせず、道往く人たちにじっと地面に頭を着け伏せていた。
そういった底辺の人たちの生活と、それを独自に支援する人たちの生き方をリポートする。

ベトナム・ホーチミン市の郊外、クチ地区で妊産婦を続けてきた女性の話。
時代とその生活場所は、その女性をこの国最大の不幸な激動の中に巻き込ませた。
枯葉剤である。そして妊産婦という職業。
因果応報という仏教義がまだ根強く支配するこの国で
「なんでこんな子供を取りあげた?!」と親から罵声を浴びせられることもあったという。
現在この女性は、近隣の自分が取りあげた障害児の所を廻って、動かない手足のマッサージを続けたり、
そういった子供の世話をするために働き手が一人少なくなった家庭に、米や野菜を配って歩いている。

最終章、インドの障害者の物乞い編では、衝撃のルポが綴られていた。
内容が重大過ぎてここでは紹介できません。
今回活動に参加しない東南アジア研究会会員のけんいち君、
正月休みにはかならずこの本を読め。

は=

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